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トップ  >  坐禅の仕方  >  坐禅と数息観の仕方① その効果
数息観の効果について

「数息観(すうそくかん)」というのは、坐禅を組んで、静かに自分の息を数える修養の方法です。

これは印度で古くから行われた観法で、安楽の法門なりとも言われています。それが仏教と一緒に支那に伝わって、さらに日本に伝わってきたもので、三国伝来の心身の修養鍛練の法です。

 だから、お釈迦様をはじめとして、宗祖とか教祖とかいわれる方々で、多少なりともこの数息観を実修されなかった方はいない、と言っても過言ではないくらいです。

 もちろん、これは仏教そのものではありませんが、その効果がテキメンかつ確実であるので、自然これらの先覚者達によって、仏教の修行と併用されてきたものと思われます。 

  (立田英山『数息観のすすめ』)

 腹が立った時には、口に出して罵ったり手をあげて実行に移ったりする前に、自分の息を黙って3回数えよ、ということがよく言われます。
 これは確かに効果のあることで、たいていのことなら、これで腹をたてることなどバカバカしくなってきます。

 これは1つの心気転換法にすぎません。でも、これでさえ、かなりの効果があることは、試してみればすぐわかることです。
 まして数息観は一時の転換方法ではありません。根本から心身の調整をはかる修養法です。

これをやれば、心身は常に安静で、つまらないことに興奮したり、とっさの場合に度を失ったり、慌てて思わぬ怪我をしたり・・・・というようなことはなくなります。
 つまり臨機応変に、落ち着いて適切な処置をとることができるのです。

「自分の実力を遺憾なく発揮できるようになった!」

「不眠症が治った!」

「三昧力を養えた!」

「芸術や武道において、格段に進歩した!」などなど


キーワードは「三昧力」です。

「読書三昧」なんて使われ方をしますから、よく知られた言葉でしょうか。 
元々は古代印度の言葉を音訳したものだそうです。
 心を一境に住して散乱させないの謂いであると解されています。
 何かに熱中している時には、時間がたつのも忘れて、暑さも忘れて、空腹も忘れて、
何もかも忘れて、それだけになりきっています。こういう状態を三昧といいます。
 
 確かに、過去の努力の上に生み出された数々の実例はすばらしいです。でも、 肝心なのはこれまでの実例ではないはず。素晴らしい実例の数々に我々が感心することでもないはず。

 我々が1人1人一生懸命数息観を実践すること。そして、我々自身が、また新たな生きた実例を生み出していくこと。これこそが肝心。

「数息観」。私も頑張ってます。


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